1 小説が現実化する その3

アミはそのうちにトーヤくんが好きになります。

そして、トーヤくんにとってもアミはなくてはならない存在になります。

でも最後には、トーヤくんは、アミと出会う以前につきあっていたモトカノと、また付き合うことになるのです。

そのモトカノは、トーヤくんがいないと生きていけないのでした。

それを知ったアミはもちろん悲しくて落ち込むのですが、そこでこそ本領発揮。

電車のホームでばったりと二人に会ってしまったアミは、仁王立ちしてVサインをして二人に微笑みます。

「大丈夫。私はひとりでも大丈夫。だって、私は立ち直り学の開祖!」
とアミは心の中で自分に言い聞かせるのです。

誰かが支えてくれなければ、一人で立てないなんて人間にはならない。

誰かが見ていてくれなければ、幸せになれないなんて人間にはならない。

これがアミの強い決心です。

さて。

ボツになった小説なので、原稿も取っていなかったし、私はそのまま忘れてしまいました。

この小説は私自身もつらい日々にあったころに書いたものです。

当時の自分はトーヤくんでした。

世間の幸せから取り残されてしまったように感じた自分。

そして、アミは、実は未来の自分でした。

ネクラになってしまった人に一所懸命教えて、なんとか明るい自分を取り戻してもらいたいと頑張るアミ。

二人の登場人物に、私の中の落ち込んでいる自分と、それをなんとか立ち直らせたい自分を投影していました。

そして、この小説を書いている間は、私は勇気が出たのです。

そして、トーヤくんにすがらないと生きていけないモトカノは、私がなるかもしれなかった、別の姿なのです。

最後のアミの決心は、私の幼児期の決心です。

 

もちろん、小説を書いた時にはそのことはわかりませんでした。しかし、今ではよくわかります。

3歳のときに母親がいなくなったので、私はこの決心をしたのでしょう。

もし、私が母親に包まれて幸せにくらしていたら…私はとてもわがままで手におえない人間になっていたのでしょう。

モトカノのように、誰かが支えてくれないと、一人で立てない人になっていたのでしょう。

すべての環境のおかげで、いまの私があります。

手に入らなかったものは、結局、私にとって必要のないもので、

私に与えられた環境こそが、私に必要なものでした。

すっぱいブドウの狐を称賛するアミは、私の人生を肯定する存在なのです。

(つづく)